うつ病診療の論理と倫理/POWERMOOK 精神医学の基盤[2](田島治/張賢徳 編)

9784906502516LPOWERMOOK 精神医学の基盤[2]
うつ病診療の論理と倫理
田島治/張賢徳=責任編集
[B5判/208頁/定価4000円+税 ISBN978-4-906502-51-6]
抄録はこちらからご覧いただけます。

特集にあたって
精神医学そのものの変質が今日の問題の根本原因であり、決して不勉強、不心得な一部の医師の問題ではない。卒後の研鑽を怠らずガイドラインに従った医療を行う善意の医師が、患者に対して心理療法とともに種々の向精神薬の投与を行うことにより、結果的に患者の人生を大きく変えてしまうこともある。長年まじめに通院服薬しているにもかかわらず、家事も育児もできないまま寝たり起きたりを続ける主婦、休職復職を繰り返した結果失業して長期に自宅療養を続ける元会社員、思春期より様々な向精神薬を服用し、社会に出られないまま本来の自分を見失っている若者などをみると、「抗うつ薬の功罪」の著者ヒーリーがこうした状況を治療によるabuse, すなわち濫用、虐待と呼ぶのも理解できる。薬価の高い新規向精神薬の登場により、本来はそれがプラセボではないことを証明しただけであるはずの臨床試験の結果が金科玉条の科学的根拠、エビデンスとされ、科学の衣をまとったマーケティングに利用されてしまう。ギリシャ神話の触るものが何でも金に変わってしまうミダス王の悲劇のように、臨床試験の結果が大きな利潤を生む金の卵とされたことに問題の出発点がある。(田島治)

【目次】
対談「最近のうつ病診療の傾向をどう考えるか」(田島治/張賢徳)
徹底討論 うつ病の理解と抗うつ薬の適切な使い方 過去・現在・未来(樋口輝彦/神庭重信/張賢徳)
I うつの論理
今日のうつ病診療における問題点と課題(松浪克文)
うつ病の論理と倫理 医療人類学的視点から(北中淳子)
マスメディアとうつ病(岩波明)
II 診断の論理と倫理
うつ病診断・治療の論理と倫理 過剰診断の問題,過少診断の問題(張賢徳)
臨床精神病理学的視点から見たうつ病の診断学( 古茶大樹)/
III うつ病治療の論理,実践,展望
今日のうつ病診療における課題と展望(中村 純)
日常診療におけるうつ病(1)プライマリケア医の立場からの実践的治療論(井出広幸)
日常診療におけるうつ病(2)総合病院から本物のうつ病を再考する(大坪天平)
日常診療におけるうつ病(3)労働者のメンタルヘルスケアの視点 ( 桂川修一/黒木宣夫)
薬物療法の効果とリスク―抗うつ薬の有効性と安全性をどう評価するか(仙波純一)
うつ病の精神療法再考( 中村 敬)
うつ病に対するneuromodulation(高宮彰紘/鬼頭伸輔)
開発中の抗うつ薬と今後の薬物療法の展望(竹林 実/山脇成人
◆コラム:フーコーと精神医学(栗原仁)
◆シリーズ:日本の精神科医療 エキスパートに聞く(2):治療に難渋するうつ状態の診断と寛解への次の一手(加藤正樹)

収録論文の抄録……………………

対談「最近のうつ病診療の傾向をどう考えるか」…… 田島治(杏林大学)/張賢徳(帝京大学溝口病院)
対談の骨子(見出し)評価尺度のスコアだけで重症度を判定するのは安易/白か黒か,善か悪かという論調ばかりが盛り上がっている/DSMを入口としてケアを考えることは合理的な方法/“case vignette”や“anecdote”の積み重ねも重要/2 か月以内に収束する場合はnormal の可能性が高い

徹底討論 「うつ病の理解と抗うつ薬の適切な使い方」 …… 樋口輝彦、神庭重信、張賢徳
討論の骨子(見出し) うつ病は“症候群”と呼ぶべき病態/軽症のほうが診断も治療も難しい/診断に自信が得られたら,そこが抗うつ薬を使うポイント/ストレス脆弱性の概念はマスメディアにも発信すべき/

今日のうつ病診療における問題点と課題 …… 松浪克文 (晴和病院院長)
抄録:DSM診断学はその行動主義的視点,操作主義的診断法により精神医療の標準化あるいは科学化に貢献しているといえるが,その反面,気分障害圏の現実の多様な臨床像を把握する際には診断行為に対して一種のパラダイム的制縛を課すものともなっている。とくに,抑うつ性障害一般に対するunitary theory は症例理解に対する潜在的なパラダイムと言えるだろう。しかし,“新型うつ病”などの議論に見られるとおり,我が国の臨床家が事実上,unitary theory を維持してはいないことがあり,その場合,MDDのうちに中核的うつ病群と非- 中核的うつ病群という質的に異なる二群があるという実践的認識が行われているものと思われる。そして,このdichotomy は自覚されていないことが多い。とくにわが国では,臨床家がこの両者を等しく“うつ病”と呼んで,同じ障害であるかのように議論するために混乱が生じている。さらには,この混乱の中で,MDDと発症にかかわる諸要因との関係に線形の因果性を想定するような論じ方を許容する傾向が広まっている。少なくとも中核的うつ病についてはこの捉え方を承認することはできない。本稿では線形の因果論ではなく,中核的うつ病発症にかかわる多要因が構成する重層的因果性という理解を提唱し,症例を提示して解説した。(キーワード:MDD,DSM診断学,unitary theory,中核的うつ病,重層的因果性)

うつ病の論理と倫理 医療人類学的視点から ………北中淳子(慶應義塾大学文学部)
抄録:うつ病の世界的流行はしばしば新自由主義経済との関連で語られるが,この新たなうつ病言説において労働者は,抗うつ薬をエンハンスメント・テクノロジーとして用いて,自らをより柔軟で強靱な主体へと書き換えることが期待されている。その結果,うつ病の社会的・政治的な意味が薄れ,人々の意識は,新たなバイオ︲サイコロジカルな自己管理へと向けられるのではと懸念する声も少なくない。それに対して日本におけるうつ病言説は,1990 年代からうつ病を過労の病,ストレスの病として表象し,むしろその社会的・構造的原因に焦点をあてたところにその特徴がある。うつ病を,真面目で,他者配慮的な,伝統的労働倫理を内在化した人びとの病として表象することで,このうつ病言説は,あらたに社会批判としての役割をも帯び始めた。しかし,このようなラディカルな再概念化は,うつ病を集団で管理することの必要性をも生み出し,現在国家レベルでの,メンタルヘルスのスクリーニング,ストレスチェックの義務化とその在り方が議論される状況となっている。このように,新たな治療の論理が台頭する中で,今後日本精神医学のうつ病論がどのような主体論を産みだすのかについて考察を行った。キーワード:うつ病,文化,ストレス,レジリエンス,エンハンスメント・テクノロジー

マスメディアとうつ病…………… 岩波明(昭和大学医学部精神医学講座)
抄録:最近,さまざまなメディアにおいて,精神医学や精神医療に関する記事が取り上げられるようになっている。その内容としては,うつ病や発達障害に関するものが多い。このように精神医学に関する報道がひんぱんに行われるようになったのは,比較的最近のことである。かつて精神疾患は社会的にも医療的にもタブー視されてきたが,近年精神医学に関するニーズが急速に拡大している状況がこの背景に存在している。本稿においては,マスメディアと精神医学のかかわりについて,これまでの状況を回顧するとともに,うつ病を中心に実際の報道記事について具体的に検討を行った。マスメディアの記事を検証すると,適切な内容のものが大部分である。しかしながら,一方でジャーナリズムはセンセーショナルでアピールの強い記事を求める傾向が強いため,事実とははっきり言えない,あるいは十分に検証されていない報道も散見される。今後,マスメディアの精神医療に与える影響について,精神医学の側からも十分に検討することが求められている。(キーワード:マスメディア,ジャーナリズム,うつ病,気分障害)

うつ病診断・治療の論理と倫理 過剰診断の問題,過少診断の問題 ……… 張賢徳(帝京大学溝口病院)
抄録:2013 年にアメリカ精神医学会の診断基準DSM(Diagnostic and StatisticalManual of Mental Disorders)が改定され,第5 版(DSM-5)になった。この改定でのうつ病(Major Depressive Disorder)診断に関する大きなトピックは,「死別反応の除外基準」が廃止されたことである。これによって,ライフイベントの内容に関わらず,症状,持続期間,苦痛/ 機能障害の点でうつ病の診断基準を満たすなら,それはうつ病であるというDSM-5 の明確な方針が示された。その背景には,治療し得るうつ病が見逃されてはいけない,つまり過少診断を防ごうというDSM の論理がある。しかし一方で,正常な抑うつ反応まで病気にされかねないという懸念の声もある。そもそも,DSM のうつ病診断は広すぎて,過剰診断を生み出しやすいという指摘は以前からあった。DSM にせよICD-10 にせよ,生体エネルギーの低下や精神運動抑制を必須症状に入れていないため,うつ病の概念と診断基準が広いのである。 うつ病の過剰診断による弊害で最も懸念されるのは,不必要な薬物療法だろう。軽症うつ病に対して,抗うつ薬とプラセボで効果に有意差がないという調査結果がある。しかし,これをもって,「軽症うつ病には治療が必要ない」とは言えない。プラセボ対照の治験では,プラセボ群にもサポーティブなフォローアップ診察が行われるのである。薬物療法以外のそのような治療環境が軽症レベルには効果を発揮している可能性がある。実臨床では,軽症うつ病でも治療方針を立て,フォローアップしていく診療姿勢が望ましいと考える。薬物療法だけが治療ではない。論理的にも倫理的にも最もよくないことは,過少診断と過少治療であると筆者は考えている。(キーワード:うつ病,正常な悲哀,死別反応,過剰診断,過少診断,DSM-5,ICD-10)

臨床精神病理学的視点から見たうつ病の診断学………古茶大樹(慶應義塾大学精神神経科)
抄録:内因性うつ病の診断学には,精神医学総論の理解が欠かせない。それは究極的には「精神医学において疾患とは何か」という問いと結びついている。われわれは「精神障害には疾患であるものと,そうでないものとがある」という立場を前提としているが,脳科学は「あらゆる精神障害は脳の疾患である」という立場をとる。内因性精神病の特殊性は,前者の立場からはじめて明らかになるもので,その疾病性は,精神医学固有の了解概念に基づいている。歴史的には,うつ病が疾患単位として確立したことは一度もない。どの時代も類型概念として提唱されたもので,理念型としての役割を果たしてきたといえよう。うつ病の理解にはシュナイダーによる感情の精神症候学が役に立つ。このような精神医学総論的な背景を理解した上で,内因性うつ病の特徴について論じた。うつ病は,心の全体像の変化であり,それは「理由なき生命性の停滞」と表現することができ,全人性・全身性・生命性の変化によって特徴付けられる。実践的な臨床診断には,鑑別診断,鑑別「診断」,鑑別類型学の違いをしっかりと認識しておく重要性についても述べた。(キーワード:内因性うつ病,了解,理念型,鑑別診断)

今日のうつ病診療における課題と展望……中村純(北九州病院北九州古賀病院院長)
抄録:わが国では,うつ病による受診者がこの15 年間でおよそ3 倍も増加している。社会のあらゆる分野でストレス負荷が増大してうつ病者が増加しているとも考えられるが,精神科医が現在用いている症状項目と持続時間だけで診断する米国精神医学会の診断基準DSM-IV,DSM-5 もうつ病診断の増加に関連していると思われる。そして,増加したうつ病の多くは軽症うつ病であり,SSRI やSNRI などの薬物療法だけでは寛解が得られない症例も増加している。SSRI やSNRI などの新規抗うつ薬にはそれぞれ特徴があるため,われわれは血中MHPG値やHVA 値さらに血中BDNF 値の動きから薬剤選択ができるのではないかと考えている。さらに軽症うつ病の場合には,薬物療法だけでなく,支持的精神療法,認知行動療法,対人関係療法などの精神療法,運動,休養などを補完しなければ寛解を得ることはできないことが多い。企業でうつ病などに罹患し休職者が増加し,生産性を低下させている企業も多いが,臨床医の評価と産業保健スタッフの診方には違いがあり,それぞれの労働者の事例性をよく吟味する必要がある。これまでの研究では,復職継続ができている人と継続できなかった人との回復時点での認知機能検査や簡便な心理検査結果に明確な違いは見いだせていない。休職,復職の判断,さらに復職継続の可否などについても精神科医は産業医と密接な連携を行い,労働者のメンタルヘルス改善に繋げることができれば,精神科医の存在意義を高めることになると思われる。(キーワード:うつ病,多様性,生物学的指標,脳由来栄養因子,復職支援)

日常診療におけるうつ病(1)プライマリケア医の立場からの実践的治療論 …… 井出広幸(信愛クリニック)
抄録:プライマリケア医の診るうつ病は,身体愁訴をきっかけとし,検査を進めても異常が見当たらないときに一歩進んで精神状態をチェックした結果,うつ状態を認めるものである。 一歩踏み込んだ問診により,短い時間で患者の背景と事情を把握し,患者との関係を確立する。MAPSO問診というツールを用いて,プライマリケア医が診ることができる状態なのか,精神科専門医を紹介すべきかを判断する。若年者,精神科既往のある症例,過食・自傷・自殺企図のある症例,強い希死念慮をもつ症例,双極性を疑う症例,PTSDが明確な症例,精神病症状を認める症例は,原則として精神科専門医紹介とする。内科的な原因が見当たらない身体愁訴の背後に,単純な抑うつと不安を認めた場合は,SSRI 等を用いて治療を行う。ベンゾジアゼピンの使用を極力控えながら,うつと不安を改善したとき,本来の標的症状であった身体愁訴は解決する。 このような患者像は,精神科外来を受診する患者像とは異なっていて,内科外来の中にごく一般的にみられる。身体科医が今まで診てきた患者を,さらに一歩踏み込んで診ることにより,より深い医師︲患者関係を築き,身体愁訴を解決して患者の需要により応えることが,医療の進化につながることを示した。(キーワード:プライマリケア,うつ病,MAPSO問診,身体愁訴)

日常診療におけるうつ病(2) 総合病院から本物のうつ病を再考する…… 大坪天平(JCHO 東京新宿メディカルセンター)
抄録:厚生労働省の患者調査によれば,2000 年前後を境にして,全国の気分障害推定患者数が40 数万人レベルから,100 万人レベルへと2 倍強に急増し,患者の特徴として軽症化が指摘されている。このことと,次々と発売された選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を中心とする新規抗うつ薬との関連は否定できない。この流れは,製薬メーカーによる疾患啓発活動に各精神科関連学会や医師も自ずと協力してきた結果ともいえる。さらには,非定型うつ病,双極スペクトラム障害概念の広がり,発達障害の併存,現代型うつ病の流行など,様々な概念が混在し広がり,うつ病の中核群が不鮮明になっている。しかし,このような時だからこそ,改めて本物のうつ病について再考する必要があると考えられる。うつ病に関する推論をたてる上で必要なことは,直観的思考であり,その理由づけとなるものは,医学の先人たちが遺した英知である。気分障害,つまりうつ病と双極性障害の起源の主流はやはりKraepelin の躁うつ病にあるといってよい。Kraepelin は約100 年前に,躁うつ病の実態は縦断的には周期性・反復性・再発性であり,横断的には混合状態であると指摘した。この偉大な先人の指摘が,現在どのように生かせるのか,DSM-5 の特定用語「混合性の特徴を伴う」とBenazzi の混合性うつ病の概念を取り入れながら考察する。(キーワード:疾患啓発,不均質,軽症化,双極性,周期性,混合状態)

日常診療におけるうつ病(3) 労働者のメンタルヘルスケアの視点 …… 桂川修一/黒木宣夫(東邦大学医療センター 佐倉病院)
抄録:わが国において精神疾患の患者数の増加を背景に平成25 年より厚労省においては5 疾病5 事業の医療計画が策定され,新たに精神疾患が重点的な対策として追加された。この精神疾患には認知症とならびうつ病など気分障害が含まれている。うつ病の増加はわが国に留まらず世界的にも認められているが,新たな医療計画が施行される以前から勤労者医療においては,うつ病等のメンタルヘルス対策は重要視されてきた。法律は数回にわたり改正され,今後も現状に見合う検討が続けられる予定となっている。本稿では,労働者のメンタルヘルス対策の経緯につき概略を述べ,うつ病等で休職した労働者への職場復帰支援対策と回復した者の復職準備性を高めるための医療機関で進められている治療プログラムについて事例を紹介しつつ解説を行った。職場にとって休職者が病前と変わらず就労ができることがその回復した証となるが,医療側にとっては就労が継続できることはその目的の一つではあるが,最も重視している点は再発再燃予防であり,そのためにはさらに効果的な治療法を模索する必要がある。

薬物療法の効果とリスク 抗うつ薬の有効性と安全性をどう評価するか…… 仙波純一(さいたま市立病院精神科)
抄録:現在抗うつ薬は次のような問題に直面している。1)抗うつ薬は軽症のうつ病に対しては効果がないという意見があること。2)若年者では抗うつ薬によって自殺関連行動が増加する可能性があると警告されたこと。3)抗うつ薬による精神面への好ましくない作用の出現が危惧されていること。4)妊産婦への抗うつ薬投与の安全性についてさまざまな研究が発表され評価がむずかしくなっていること。これらの問題は抗うつ薬の効果とリスクを再評価すべきことを示している。しかし,抗うつ薬の軽症うつ病に対する効果はめざましいとはいえないものの,一定の効果は期待できそうである。また,若年者を除くと抗うつ薬投与によっても自殺関連行動は増加しないことがわかった。一方で,出現はまれではあるが抗うつ薬による精神面への副作用の可能性については今後の研究の余地を残している。現時点では,抗うつ薬の使用にあたっては,通常の副作用だけでなく,自殺関連行動や精神面への副作用などにも留意しつつ,慎重に用いるべきである。また軽症のうつ病に対しては,薬物を用いない治療法も提案すべきである。この時には認知行動療法などの特定の精神療法だけでなく,丁寧で常識的な支持的精神療法の効果も評価されるべきであろう。キーワード:うつ病,抗うつ薬,効果とリスク,精神面の副作用

うつ病の精神療法再考……中村 敬(東京慈恵会医科大学附属第三病院精神神経科)
抄録:本稿では,うつ病に対する主だった精神療法として,認知行動療法(Beck の認知療法,行動活性化療法,マインドフルネス認知療法),対人関係療法,森田療法について概観した。次いで日本のうつ病臨床においては,どのような疾病モデルのもとに,誰が,いかなる治療セッティングで精神療法を実施するのかという現実の状況を考慮する必要があることを論じた。我が国のうつ病診療においては,医学的モデルにもとづき,患者の休息を図り,抗うつ薬を主とした薬物療法を実施することが一応のコンセンサスである。こうした初期治療の原則との整合性を有するアプローチを構想すること,および短時間の日常診療においても実施できるようなアプローチを工夫することが必要である。他方,若年層に広がる現代的な“うつ病”に対しては,我が国のうつ病診療の常識から離れて,今一度精神療法を主眼にした接近を図ることが求められている。その際の課題は,いかに患者を治療へ動機づけ,活動性,能動性を向上させるか,そして社会復帰過程で生じがちな意気阻喪からいかに立て直しを図るかということに存している。ここにおいて,特定の治療法に固守せず統合的な観点から患者固有の問題を明らかにし,それに応じて柔軟にアプローチを選択する必要があることを論じた。(キーワード:うつ病,精神療法,認知行動療法,マインドフルネス,対人関係療法,森田療法)

うつ病に対するneuromodulation……高宮彰紘(駒木野病院/国立精神・神経医療研究センター病院)/鬼頭伸輔(国立精神・神経医療研究センター病院
抄録:従来の治療では改善しない難治のうつ病に対する治療戦略として,近年neuromodulation の発展が著しい。その背景として,うつ病の病態生理の仮説が,“化学的不均衡”モデルから“神経回路”モデルへ移りつつあることが挙げられる。電気刺激による神経回路の修飾はうつ病に対する有効な治療となり得ることが海外の研究から示されている。各種のeuromodulation は,神経回路の修飾という機序は共通しているが,臨床的に各々異なる特徴を有している。tDCS は難治例に対する有効性は乏しいが,他の治療法に対する増強療法としての位置づけが期待される。TMSはすでに海外ではうつ病の治療として認可されており,現在は有効性の向上のための研究が盛んである。ECTは他のneuromodulation を遥かに凌ぐ即効性と有効性があり,現在は副作用の軽減のため新しいけいれん療法が模索されている。DBSは脳への電極の埋め込みという侵襲性はあるが,最重症例に対しても持続的な効果が示されている。Neuromodulation は治療法としてだけでなく,うつ病の生物学的基盤の理解の向上にも寄与するという意義があり,今後,わが国でも導入していくのか倫理的な観点も踏まえて慎重に議論されることが望まれる。(キーワード:neuromodulation,治療抵抗性うつ病,tDCS,TMS,ECT)

開発中の抗うつ薬と今後の薬物療法の展望…… 竹林 実(国立病院機構呉医療センター・中国がんセンター 精神科・臨床研究部 精神神経科学)/山脇成人(広島大学 大学院医歯薬保健学研究院 応用生命科学部門・精神神経医科学
抄録:抗うつ薬の開発は,なかなかモノアミンを超えるものがなく,全般的に停滞している状況である。現在使用されている主要な抗うつ薬の独占販売期間が終了して後発品が使用できる状況となっても,依然としてドーパミン系を含むモノアミントランスポーターや受容体などの複数の作用点を有するモノアミン系の抗うつ薬やその合剤が臨床現場にでてくる予定である。一方でketamine の抗うつ効果の発見に端を発したグルタミン酸受容体関連の抗うつ薬開発が効果発現の早さや難治例への効果において期待されている。 NIMH主導のRDoC(Research Domain Criteria)プロジェクトなど,精神疾患の診断学を脳科学の見地から再分類する動きがある。これらを背景に,今まで製薬会社主導で科学的でなかった向精神薬の命名・分類法を生物学的所見を盛り込んだ多軸評価からなる新しい命名・分類法に変革する提案が,ECNP・CINP のNomenclature Taskforce からなされている。 近い将来,症候群であるうつ病から分子病態・神経回路異常・バイオマーカーなど生物学的に均一なサブタイプが明確化され,産学官連携体制(PPPs)のもと診断マーカーと治療薬の開発が同時にすすむことを期待したい。(キーワード:抗うつ薬,ケタミン,グルタミン酸受容体,命名・分類法,CINP,PPPs)